面接官の反応が、ガラッと変わった「交流人口」の一言。
面接前日、担任助手の一条さんから「交流人口」というワードをもらいました。「白石市の人口増加が課題」と話していたのを言い換えたら、面接官の反応がガラッと変わって──学校推薦で合格できました。白石市民だからこそ語れた、地元の課題でした。自分一人では、絶対にたどり着けなかったキーワードです。
この人の全文を読む →2026年春、東進衛星予備校 白石中央校から第一志望を勝ち取った12名の塾生たち。
合格体験記インタビューの、編集なしの本音。
面接前日、担任助手の一条さんから「交流人口」というワードをもらいました。「白石市の人口増加が課題」と話していたのを言い換えたら、面接官の反応がガラッと変わって──学校推薦で合格できました。白石市民だからこそ語れた、地元の課題でした。自分一人では、絶対にたどり着けなかったキーワードです。
この人の全文を読む →模試の点数は3ヶ月ごとに20点ずつ伸びていきました。数学ではなく、英語と世界史を「得意の柱」にする戦略。面接は本番1週間前からの集中対策でしたが、反復で「緊張しないで喋れる」状態まで持っていけました。得意を伸ばす期間は、絶対に必要です。苦手潰しだけでは、伸びません。
この人の全文を読む →試験前日、ホテルで38.9℃。後に肺炎と診断される高熱の中、3時間の休憩時間は寝ることしかできませんでした。それでも「絶対にここで受かるんだ」という気持ちだけで乗り切れた。試験は、気持ちが一番大事です。東進に入ってなかったら大学に行けてなかったと思います。
この人の全文を読む →勉強時間では勝負できなかった私が選んだのは、「質」を磨く道。過去問演習講座の記述添削で、A4の枠内にコンパクトに収める力、論理を整える力が身につきました。10年分の演習で、本番が「はじめて」じゃない状態で臨めたのが大きかったです。
この人の全文を読む →模試判定はB→C→C→C。最後までC判定で、滑り止めも受けていない状況から、後期試験で国公立合格をつかみました。「めっちゃ勉強したから」じゃない。参考書を自分だけのオリジナルにする、問題そのものを暗記する──質の高い勉強を追求したからです。
この人の全文を読む →第一志望は京都大学。実際は埼玉大・横浜国立大にも挑戦して、後期試験で国公立合格を勝ち取りました。京大模試は100点以上伸びた。それでも、足りなかったのは時間の使い方。後輩には「高2の夏から本腰を」と伝えたいです。受験は本当にあっという間でした。
この人の全文を読む →高校受験は2位で入学したのに、調子に乗って3月末に30位まで落ちました。高1・高2は来校できなかった。でも高3で「ほぼ毎日来校」のルーティンに切り替えて、英語リスニングは30点台から8割超へ。高1の自分に一言あるとすれば──「目を覚ませ」です。
この人の全文を読む →過去問を近年5年分×3〜4周。本番でいきなり古い傾向が出てきても「見たことあるな」と対応できました。校舎の印刷機能をフル活用して、本番形式の冊子状にして自習で解く──これがめちゃくちゃ効いた。家では絶対に10時間集中できませんでした。
この人の全文を読む →前後落ちしたら浪人という状況で、めちゃくちゃ不安でした。毎日ちょっとずつ、10分でも5分でも触れ続けた。音読は最低長文1題。単語は1日150個を2〜3周。受験は「集団戦」じゃない、結局は個人戦です。でも、仲間がいないと走り切れませんでした。
この人の全文を読む →私立、全部落ちました。「もう浪人しかないかも」と思った時、松本先生の面談で岩手県立大学という選択肢が出てきた。あの面談がなかったら、路頭に迷っていたと思います。私立専願でも科目を絞らなかったこと、そして誰かに聞くこと──遠回りして気づきました。
この人の全文を読む →自然科学部の梅花藻研究で「努力すれば結果は出る、誰かが認めてくれる」と気づきました。推薦には落ちた。でも隣で落ち込む後輩を見て、すぐ切り替えられた。オンオフ、そして睡眠。規則正しく自分のルーティンを崩さず進めるのが、結局は一番強い受験生だと思います。
この人の全文を読む →部活引退が8月末、東進入学は9月。それまで「どう勉強したらいいか」すら分からなかった私が、過去問演習講座で共通テストの形式を掴めました。本音を言えば、もっと早く始めればよかった。引退後では、ギリギリ過ぎて余裕がなかったです。
この人の全文を読む →2027年春、第一志望を勝ち取るのは、今ここにいる、あなた。
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